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笹島喜平「家」
¥4,000
30×21cm 限1/30 木版 拓摺 【略歴】 1906(明治39)年~1993年 栃木県生まれ。青山師範学校卒。 小学校勤務の傍ら洋画や日本画、書を試みる。1937年、平塚運一の木版画講習会に参加して版画に魅せられ、棟方志功に入門する。1958年に肋膜炎発症後木版拓摺に転向。黒白の明快な画面を追求。国画会、日版協
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斉藤与里 水彩色紙「初冬の台北」
¥6,000
1938(昭和13)年 27×24.1cm 印 サイン 少シミ 【略歴】 1885年(明治18)年~1959年 埼玉県生まれ。聖護院洋画研究所に学ぶ。浅井忠や鹿子木孟郎に師事。1906年に鹿子木とともにフランスへ渡り、1908年帰国後は「白樺」誌上で、ポスト印象派やフォーヴィスムの作品を紹介。1912年、岸田劉生らとフュウザン会を結成。1924年に槐樹社(1924-1931年)を設立、機関誌『美術新論』の主幹として美術評論も行った。解散後、1932年に東光会(1932年-)を創設。 洋画家、美術評論家
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斉藤与里 水彩色紙「作品」
¥6,000
27×24.1cm 印 336 少シミ 裏面少シミ 【略歴】 1885年(明治18)年~1959年 埼玉県生まれ。聖護院洋画研究所に学ぶ。浅井忠や鹿子木孟郎に師事。1906年に鹿子木とともにフランスへ渡り、1908年帰国後は「白樺」誌上で、ポスト印象派やフォーヴィスムの作品を紹介。1912年、岸田劉生らとフュウザン会を結成。1924年に槐樹社(1924-1931年)を設立、機関誌『美術新論』の主幹として美術評論も行った。解散後、1932年に東光会(1932年-)を創設。 洋画家、美術評論家
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斉藤与里 水彩色紙「作品」
¥6,000
27×24.1cm 印 右下角弱い折れ 【略歴】 1885年(明治18)年~1959年 埼玉県生まれ。聖護院洋画研究所に学ぶ。浅井忠や鹿子木孟郎に師事。1906年に鹿子木とともにフランスへ渡り、1908年帰国後は「白樺」誌上で、ポスト印象派やフォーヴィスムの作品を紹介。1912年、岸田劉生らとフュウザン会を結成。1924年に槐樹社(1924-1931年)を設立、機関誌『美術新論』の主幹として美術評論も行った。解散後、1932年に東光会(1932年-)を創設。 洋画家、美術評論家
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斉藤与里 水彩色紙「風景」
¥6,000
27×24.1cm 印 サイン 少シミ 裏面ヤケとシミ 【略歴】 1885年(明治18)年~1959年 埼玉県生まれ。聖護院洋画研究所に学ぶ。浅井忠や鹿子木孟郎に師事。1906年に鹿子木とともにフランスへ渡り、1908年帰国後は「白樺」誌上で、ポスト印象派やフォーヴィスムの作品を紹介。1912年、岸田劉生らとフュウザン会を結成。1924年に槐樹社(1924-1931年)を設立、機関誌『美術新論』の主幹として美術評論も行った。解散後、1932年に東光会(1932年-)を創設。 洋画家、美術評論家
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斉藤 功「顔」
¥4,000
1974年 油彩4号大(32.5×26cm) 紙に油彩 額無
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